田邊優貴子(たなべ ゆきこ)の結婚や病気は?行動力の源とは?

とてもかわいくて、笑顔が素敵な田邊優貴子(たなべ ゆきこ)さん。

南極・北極の植物生理生態学者で、湖底の「コケボウズ」などの生態系を研究しています。

厳しい寒さと乾燥のため草や木も育たない南極に、観測隊員として乗り込んでいるんですね。

そんな探究心の塊の田邊さんが、林先生の「初耳学」でもとりあげられます。

女性でありながらも行動力があるその源や、気になる結婚、病気というワードについても、つづっていきます。

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田邊 優貴子のプロフィール


出典:https://www.mbs.jp

名前:田邊 優貴子(たなべ ゆきこ)

1978年12月、雪の降る夜、八甲田山の麓の小さな村・青森市金浜に生まれる。

国立極地研究所 生物圏研究グループ・助教

専門:植物生理生態学、陸水学、生態系生態学

血液型:A型

兄弟:兄が1人

好きなもの:乳製品、ネコ科の動物

出典:田邊 優貴子ブログ

畑や田んぼに辺り一面覆われた、青森県で生まれ育った田邊さん。

すぐ近くには八甲田山が見えたそうですよ。

冬になると多い時で2メートルほど積もる雪に、小さいときから楽しみで、外に出て遊ぶ活発なお子さんでした。

雪国育ちの人でも雪嫌いの人が半数はいると言われていますが、田邊さんは雪を見ると心躍っていたといいます

高校まで地元で育ち、大学は京都大学へ。

京都大学に進学を決めた理由は、東京嫌いだったからとのこと。

とにかく都会嫌いなのと、今までとは違う文化圏に行きたいと思って、関西の大学にしたそうです。

この理由を聞くと、ちゃんと自分の意志があって、芯のある女性に思えます。

進学する10代の時点で、自分の好きなこと嫌いなことが分かっている、理系に役立つ分析力が大いに発揮されてますね。

若いと、みんなが同じ方向に流されがちになりそうですが、おそらく自分自身で決定できる方なんでしょう。

同じ女子としては、ものすごく憧れますし、カッコイイなーと純粋に思います。

生物学者になったきっかけは?

田邊さんはもともと、子供のころから空や星が好きだったため天文学の方に進もうと思っていました。

ですが、大学の時点では、南極や北極に行ったり、研究者になろうとは思ってなかったそうなんです。

ただ、小学校の時にテレビ番組で偶然見たアラスカとシベリアのドキュメンタリーが、心に響いて忘れられずにいたとのこと

その出来事が根底にあったうえで、下記のような経緯で生物学者になるそうです。(下記の引用文参照)

小学生の頃、偶然テレビで目にした極北の映像に大きな衝撃を受ける。

以来、まだ見ぬ土地への憧れが募り、大学に入るとバックパックを背負って世界中を旅するようになる。

大学4年生のとき、極北の大地への想いが高じて大学を休学。

真冬のアラスカを訪れ、ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごす。

それ以後も アラスカを訪れ、極北の大地に完全に心を奪われたのがきっかけとなり、極地をフィールドにした生物学者に。

南極・北極など世界の極地で生きる植物を対象に生態学的研究をしている。

特に、南極の湖沼生態系に強い興味を持って取り組んでいる。
引用:田邊 優貴子ブログ

全体的に植物や生物のことが大好きなのも、生物学者になった理由でもありますね。

また女性で、バックパックを背負って世界中を旅をするというのは、相当な行動力をお持ちです。

おそらく、恐怖などよりもワクワクの好奇心の方が勝って、動いてしまうはず。

研究のため南極へ行くと、トイレなどもないような場所に2カ月ほど滞在するそうです。

普通の女性なら尻込みしてしまいそうですよね。

今までも世界中を旅してきたときに、不便なことや状況的につらいこともあったと思うのですが。

旅の中でも対応力、応用力などの経験値が今の研究の生活を支えてくれているのかもしれませんね。

そのため生活不便な場所であっても、ワクワクを探求できる楽しみを選択できるのでしょう。

そんな行動派の田邊さんが、学者としてスゴイ人だと分かる経歴はこちら!

◎経歴

2006年3月: 京都大学大学院 博士課程 単位取得退学

2009年3月: 総合研究大学院大学 博士課程修了、博士(理学)取得

2009年4月〜2011年3月: 国立極地研究所 生物圏研究グループ・研究員

2011年4月〜2013年3月: 東京大学大学院新領域創成科学研究科・日本学術振興会特別研究員

2013年4月〜2014年12月: 早稲田大学 高等研究所・助教

2015年1月〜現在: 国立極地研究所 生物圏研究グループ・助教
引用:田邊 優貴子ブログ

田邊 優貴子の結婚は?


家族:夫(事実婚) と公表。

事実婚ですが、ご主人がいらっしゃいます。

事実婚ですと、籍を入れずに、婚姻関係と同様に共同生活をされているということですね。

ご結婚された時期ですが・・。

2015年では未婚との情報が多いので、おそらく2016年から2018年の間に結婚されたのではないかと思います。

なぜ事実婚?

ここで気になるのが、なぜに事実婚だったのだろうかということ。

気になるので、調べてみました。(参考:http://beep.c.u-tokyo.ac.jp/)

学者の人は、研究結果や論文を提出することは必須ですよね。

今までの論文なり研究のレポートは、基本的に名前(苗字)だけで、業績が追跡されるそうなんです。

そのため、研究者の方たちの間では、夫婦別姓というのはかなりポピュラーらしい。

また、結婚後の名前で研究成果が世界中に発表されたのち、離婚などになると気にする人も・・。

別姓にしないと難しい事情があるのは、研究者だけでなくバリキャリ(バリバリのキャリアウーマン)と言われる人たちでも同様ですよね。

夫婦別姓が認められてない日本では、「事実婚」という選択しか現在はなく、おそらく田邊さんも論文のためと思われます。

ちなみにですが、ご主人も同じ研究者の方かもしれませんね。

なぜなら、研究者の方って同じ研究をしている方だけで知り合うことが多く、傾向として同業者と結婚が多いからとのこと。

ただ田邊さんはとてもかわいいですし、自分をしっかりと持っている魅力的な方なので出会いは多かったはずですが。

個人的な推測での話ですが、同業者と結婚というのもお互いに理解があるので、きっとステキな夫婦関係を築いているのかなーと思っています。

田邊 優貴子の病気とは?

田邊さんを調べると、「病気」というワードが出てきます。

どうやら、難病の「脊椎小脳変性症」という病気になる可能性が将来的にあるらしいのです

その中で南極などに関する研究を続けているということでした。

「脊椎小脳変性症」とは

脊髄小脳変性症とは、おもに小脳や脊髄の神経細胞が障害されることで発症する神経の変性性疾患をさします。

小脳や脊髄が障害を受けることから、歩行時のふらつき、手の震え、ろれつが回らないなどの症状が出現します。

引用:https://medicalnote.jp

「脊椎小脳変性症」は、発症すると身体の機能面の低下が起きて、その後に寝たきりになることもあるそうです。

発症の例はいろいろあるようですが、最悪の場合は死に至る難病とのこと。

原因としては、遺伝性と非遺伝性の2つに分かれるそうですが、田邊さんの母方の祖母が発症しているのですね。

その他にも、母や叔父2人も50歳を前に発症しており、自分も遺伝するかもしれない可能性を自覚しているとのこと。

遺伝は100%受け継ぐものではありませんが、周りの家族たちが発症しているという事実。

そんな事実とも、向き合ってきているのでしょうか。

自分だったらと思うと、その恐怖や覚悟は計り知れません。

行動力の源とは?

行動力の源はきっと、もともとの田邊さんの気質的に、好きなモノには情熱的というのがあるのだろうと思います。

そのこと以外にも、おそらくですが50歳くらいで病気になるかも知れないという思いもあるのかもしれませんね。

今出来ることを精力的に精一杯にこなそうと思っているからこその、バイタリティー。

特に、そういう気持ちがステキな笑顔に表れているなーと思いました。

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まとめ

1 田邊 優貴子のプロフィール
2 田邊 優貴子の結婚は?
3 田邊 優貴子の病気とは?
4 行動力の源とは?

を見てきました。

自分の信念があってやることがある女性はとてもカッコイイです!

優しそうな笑顔とのギャップにヤラれました!

これからの研究も応援したいと思います。

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